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生活の知恵

縄文時代と弥生時代の違いとは?顔つきや体つき、土器、生活の様子は!

2017/09/16

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縄文時代と弥生時代、
この2つの時代の違いってなんだろう?

似たような時代で良くわからない、
そんな疑問を持っていませんか?

ぼんやりと思うのは、

縄文時代は「狩猟」

弥生時代は「稲作」ということになるのでしょうか。

教科書によっては「2つの時代にさほど違いはない」
なんて書かれていることもありますが、
いえいえ、そんなことはありません。

実は生活様式から人間の顔に至るまで、
わかりやすい違いがあるのです。

今回は、縄文時代と弥生時代の違いについてご紹介いたします。

 

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縄文時代の特徴

縄文時代の特徴っていうのは様々ありますが、
一番は土器にあるのではないかと思います。

縄文土器って言えば、
歴史に詳しくない人も聞いたことがあることでしょう。

縄文土器は、
縄でデザインされた模様が特徴的な土器で、
見た目としても非常に派手な土器になります。

その土器を使って生活していたわけですが、
生活様式としては、
狩猟や採集などが主な食糧の調達方法でした。

また、道具も木製のものが多く、
まだまだ発展途上の文化だったわけです。

弥生時代の特徴

弥生時代の特徴は、
リーダーの登場にあるかと思います。

それまでは個人の集合でしかなかった生活様式が、
チームとしての活動に変わっていったのが弥生時代です。

そのためリーダーとなる人物が登場し、
自然と身分の差というのも生まれてきます。

この時代のリーダーとして有名なのは、
卑弥呼ではないかと思います。

リーダーとして皆をまとめ上げた人物ですが、
こういったリーダーを中心にした生活スタイルとなっていきました。

食糧の調達方法も稲作などが中心となり、
日本の元となった生活様式が出来始めた時代に当たるかと思います。


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縄文時代と弥生時代の違いとは?

縄文時代と弥生時代の違いは、
まずその時代があった時期が異なっています。

縄文時代は、
紀元前1万年ころから、紀元前4世紀ごろまでです。

縄文時代と弥生時代の違いですが、
まず1つ目は土器の違いがあげられます。

縄文時代の土器は
どちらかというと派手なデザインの土器でしたが、

弥生時代の土器というのは、
シンプルなデザインの土器になっています。

派手なデザインと言うよりは
実用的なデザインだと言えるでしょう。

また、
縄文時代と弥生時代の違いには住居も上げられます。

縄文時代では
洞窟などに生活することも少なくありませんでした。

しかし、弥生時代では
竪穴式住居が一般的となり、
しっかりとした「家」というものが
意識されるようになっていったのです。

他にもリーダーの登場や食糧調達方法の違いなど、
様々な点で2つの時代には違いがあります。

少なくても土器と住居について把握しておけば、
大筋の違いとしては理解していることになるかと思います。

細かいところを言えば
もっともっと違いはあるのでしょうけど、
まずはこういった基本的なところは最低限、おさえておきたいですね。

 

縄文土器と弥生土器の土器はどこが違うの?

2つの時代、それぞれ縄文土器と、
弥生土器が有名ですが、
この土器には文明の進化を思わせる明確な違いがあります。
縄文時代の土器は
低温の野焼きのため厚手で、縄目模様があることが特徴ですが、

弥生土器は、
土器に土をかぶせて高温で約方法に変わり、薄手になりました。

また、模様も直線や幾何学模様など手の込んだ模様が多いことが特徴です。
弥生土器は、その形が3種類に分けられ、
用途によって使い分けていたとみられています。

壺(つぼ)・・・首が細くて長く、穀物や液体の貯蔵に使用していました。
甕(かめ)・・・口が大きく開いていて深く、縄文土器と同じく、煮炊き用に使用します。
鉢(はち)、高坏(たかつき)・・・浅くて口の広い鉢や、鉢に台のついた高坏は、食べ物の盛り付け用に使用されていました。

この3種類の形に加え、大小さまざまな大きさがあり、
使用用途によって、はっきりと使い分けられていたことがうかがえます。

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縄文時代と弥生時代の生活の様子

生活面では、縄文時代は後半には農耕も見られましたが、
中心は狩猟や採集の自然が中心でした。

弥生時代は、農耕生活が中心となって竪穴式住居を作り、
集団が同じ地域に定住するように変化してきて、
ムラやクニという集落が生まれました。
また、縄文時代は身分といったものもなく、
岩陰や洞穴などで生活を行っていました。

弥生時代になると、
稲作などの農耕生活が中心となっていき、
竪穴式住居を作り、
集団で一か所に定住するようになりました。

収穫した稲作などを保存するために
高床式倉庫なども作られ、
「ムラ」や「クニ」といった集落が発生しました。

集団で生活するにあたって、
大勢をまとめる指導者もあらわれ、
身分の違いもみられるようになり、
クニ同士の争いごとも発生するようになっていきました。

繰り返しになるのですが、3世紀ごろにはあの有名な
「卑弥呼」も登場し、占いによって、クニを治めていました。

二つの時代は、
縄文時代から弥生時代へと文明がすすむに当たり、
その生活の様子に大きな違いがみられるのです。

 

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あなたはどっち?縄文人と弥生人の違い

縄文時代と弥生時代には、
土器や、生活の様子のほかに、
人にも違いがありました。
現代の日本人は、縄文人系の血統と、弥生人系渡来人の血統の混血が、
日本人の75%を占めていることが分かっています。

それぞれ顔や身長に違いがあり、
今でも私たち日本人に受け継がれています。

 

縄文人と弥生人の特徴

【縄文人】

顔の形は四角く、長方形をしており、
彫も深く、頬骨が小さいのが特徴です。

目が大きく二重で、眉が太く、濃い形をしており、
直線的で、唇が熱く、鼻骨も広く高い構造になっています。

身長は低く、手足指が細く長いのが特徴です。

【弥生人】

顔の形は丸く楕円形、彫の深さも平坦で、
頬骨が大きくなっている、
いわゆる「日本人顔」をしています。

目は小さく細く一重をしていて、
眉は細く薄い半円形を描いています。

唇も薄く、鼻骨も狭くて
低い構造をしているのが特徴です。

身長は高く、手足指が太くて短くなっています。

現代日本人にも当てはまる点は多く、
顔の造形の特長によって、
縄文人系か弥生人系かをおおよそで見分けることができます。

自分自身と家族・友人などと、
どっち形の顔をしているか、比べてみても面白いかもしれません。

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まとめ

縄文時代は、狩猟や採集などが生活の中心であった時代で、後期に稲作が始まったようです。

青森県の三内丸山遺跡や鹿児島県の上野原遺跡は縄文時代の遺跡として有名です。

一方弥生時代は、農耕や稲作で定住し始めた時代で、身分の差が出始めた時代です。

静岡県の登呂遺跡や佐賀県の吉野ケ里遺跡が有名で、卑弥呼があらわれた時代としても知られています。
(卑弥呼について)

中国の歴史書(魏志倭人伝・・ぎしわじんでん)に卑弥呼という名前が登場する

・その歴史書によれば、、3世紀に日本列島に存在したとされる国の一つで
(当時は現在の日本にたくさんのクニがあったと言われている)そこの女王である

・当時現在の中国にあった「魏(ぎ)」の国に使いをやっていた

・占いで政治をして国を治めていた

 

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